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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)8465号 判決

原告 財団法人東京港湾福利厚生協会

右代表者理事 芦沢一吉

右訴訟代理人弁護士 小川恒治

同 高木肇

被告 橋本郁英

〈ほか五名〉

右六名訴訟代理人弁護士 橋本紀徳

同 佐藤勉

同 城口順二

主文

1  被告橋本郁英、同荒川久夫、同伊藤正はそれぞれ原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち第二〇九号室より退去して右建物を明渡せ。

2  被告大部宏一は原告に対し、右目録記載の建物のうち第二一〇号室より退去して右建物を明渡せ。

3  被告笠原昭太郎は原告に対し、右目録記載の建物のうち第五一三号室より退去して右建物を明渡せ。

4  被告廣瀬昇は原告に対し、右目録記載の建物のうち第五一四号室より退去して右建物を明渡せ。

5  被告らは、各自原告に対し、昭和四七年七月一日から右建物明渡済みまで一日金一三〇円の割合による金員を支払え。

6  訴訟費用は被告らの負担とする。

7  この判決は、金員請求部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第1項ないし第6項と同旨。

2  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、港湾労働者の福利厚生を図り、もって港湾作業の向上および東京港湾の振興に寄与することを目的として、港湾関係労働者の福利厚生施設の整備拡充およびその管理運営等の事業をなすため設立された財団法人であるが、右事業の一環として、東京港において港湾荷役作業に従事する単身労働者の宿泊施設として使用するため、昭和三六年九月、東京都知事より都の所有にかかる別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)について使用許可をうけ(その後現在に至るまで一年ごとにあらためて使用許可をうけている。)、更に族館営業の許可をうけて、右建物において簡易宿泊営業をなしている。

(二)  被告らはいずれも港湾労働者であるが、昭和四七年一月一日以前より継続して、被告橋本、同荒川、同伊藤は本件建物第二〇九号室に、被告大部は同第二一〇号室に、被告笠原は同第五一三号室に、被告廣瀬は同第五一四号室に宿泊している。

2  ところで、本件建物の利用料金を含め、原告が港湾労働者に本件建物を利用させるについての利用者との関係を定めた利用規程の制定および改訂については、東京都知事の承認を要するところ、本件建物の利用料金は昭和四一年一月以降一泊金六〇円であったが、近年に至り人件費、諸物価高騰のため赤字経営となった。そこで原告は、昭和四七年二月二二日東京都知事に対し、本件建物の利用料金を一泊金一三〇円に変更することの承認願を提出したところ、同年六月一五日都知事はこれを承認して、同月一六日承認書が交付されたので、原告は、同年七月一日より右料金に改訂することとして、その旨利用者全員に通知した。

3  しかるに、被告らは右料金改訂を不服として、同年七月一日以降の宿泊料金の支払をしない。右は、本件建物利用規程第一四条の「利用料を正当な理由なく滞納したとき」に該当するので、原告は、内容証明郵便で、被告笠原を除くその余の被告らに対しては昭和四七年八月一〇日、被告笠原に対しては同年九月一二日、それぞれ右宿泊料を書面到達後三日以内に支払うよう催告し、右書面は、被告笠原を除くその余の被告らには同年八月一一日、被告笠原には同年九月一三日に到達した。その後原告は、右利用規程第一四条に基づき、内容証明郵便で、被告笠原を除くその余の被告らに対しては同年八月一八日、被告笠原に対しては同年九月一八日それぞれ本件建物利用契約を取消す旨の意思表示をなし、右書面は、被告笠原を除くその余の被告らには同年八月一九日、被告笠原には同年九月一九日に到達した。

よって、原告は被告ら各自に対し、本件宿泊所各居室の明渡しおよび昭和四七年七月一日から右明渡し済みまで一日金一三〇円の割合による宿泊料および宿泊料相当の損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否ならびに被告らの主張

1(一)  請求原因1(一)のうち、原告が原告主張の趣旨により設立された財団法人であることおよび本件建物が東京都の所有であり、原告が都から使用許可を受けて港湾労働者の利用に供しているものであることは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  同1(二)は認めるが、本件建物利用関係の法的性質については争う。即ち、

本件建物入居後、一度入居の部屋が定まると、以後部屋を変更することがないこと、各入室者が部屋の鍵を有し、第三者は入室者の許可なく立入ることもできないこと。利用料金の支払についても、毎月末日に利用日数の如何にかかわらず一か月分を原告の事務所に持参して支払うことになっていること、利用者中には、二人で四人分を支払うことによって一室を賃借している場合や、荷役会社が一室全部を賃借している場合もあること、更に被告廣瀬は昭和三八年ころから、被告伊藤は昭和四一年六月ころから、最も遅い被告橋本ですら昭和四五年三月から継続して本件建物に居住していて、利用期間が長期であることからすれば、本件建物の利用関係は、借家法の適用のある建物賃貸借というべきである。

2  同2のうち、利用料金を一泊金一三〇円とする旨の通知があったことは認めるが、その余の事実は知らない。また、本件建物利用料金については、原、被告間の合意によってはじめて決定されるべきであるにもかかわらず、被告らは、原告の料金値上げについての提案に同意していないから、本件建物の利用料金が一泊金一三〇円になったということはできない。なお、被告らは右値上額の正当性も争う。

3  同3のうち、原告主張のころ催告および取消の意思表示があったことは認めるが、右取消の意思表示の効力については次のとおり争う。

(一) 原告は被告らに対し、本件建物の利用料金値上げの理由は人件費の増加による旨説明したが、右は虚偽であることが判明したので、被告らは原告と値上げの件について交渉しようとしたところ、原告はこれに誠意をもって応じない。そこで被告らは、昭和四七年八月四日から今日まで、同年七月一日以降の利用料金を一泊金九〇円として一か月分ごとに弁済供託しているのであるから、利用料金を正当な理由なく滞納したということはできない。

(二) 被告らが本件訴訟において敗訴し、本件建物を退去するとしても、被告らの再度の利用申込を原告は拒否できないのであるから、前記のような事情のもとにおける原告の取消の意思表示は権利濫用であり、無効である。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1  本件建物は東京都の行政財産であるから、私権を設定することはできないところ、使用許可をうけてこれを使用する場合も同様であるから、本件建物利用関係について借家法の適用はない。また、本件建物の管理運営は本来東京都の事務であるところ、原告が東京都に代位して本件建物の管理運営をなしている関係であることよりしても、借家法の適用はないというべきである。

2  被告らが本件建物について再度の利用申込をなしたときは、改訂後の新料金によるものであること、および原告は秩序を乱すおそれのある場合は利用申込を拒絶できるのであるから、原告の取消の意思表示は権利濫用とはならない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1(一)のうち、原告が港湾労働者の福利厚生を図り、もって港湾作業の向上および東京港湾の振興に寄与することを目的として、港湾関係労働者の福利厚生施設の整備拡充およびその管理運営等の事業をなすために設立されたものであること、および本件建物が東京都の所有であり、原告が都から使用許可を受けて港湾労働者の利用に供しているものであること、ならびに請求原因1(二)の事実は、全当事者間に争いがない。

そこで本件建物利用関係の法的性質について検討するに、≪証拠省略≫によれば、本件建物は、東京都が港湾労働者の雇用を安定させるための措置の一つとして、港湾労働者の福祉の増進を図るため建設したものであって、東京都の行政財産であるところ、東京都は右目的を達成するため、前示のような趣旨により設立された原告に、右建物の管理運営を委ねることとして、昭和三六年九月ころ、原告に対し東京都港湾設備条例第三条により、本件建物についての使用許可をなしたこと、右使用許可は一年毎に更新され今日に到っていること、右使用許可に際しては、使用目的は港湾労働者の宿泊、医療事業等の福利厚生事業をなすこととされ、本件建物を他の者に転貸したり、使用の権利を譲渡してはならない旨定められ、原告と利用者の関係は東京都港湾労働者宿泊所利用規程(以下、利用規程という。)によって処理されるべきものとされたこと、右利用規程によれば、本件建物の目的は、東京港において港湾荷役作業に従事する単身労働者に対して宿泊および日常生活の利便を供与し、その生活の安定に寄与することであり、その利用資格は、東京港で働く届入れ又は登録された港湾労働者であって、かつ東京港労働公共職業安定所、港湾運送事業者又は港湾関係団体の推薦を受けた者に限定されているが、原告は、右利用資格のある者については、利用規程に定める一定の事由の存する場合を除き、その利用申込を拒否することができないこととされていること、利用者は、本件建物を利用するためには、宿泊諸規定を守ることを誓約する旨の記載のある宿泊申込書を提出することによって申込をなし、原告の承認を受けたうえ、連帯保証人一人の署名する請書を提出しなければならないが、権利金、敷金、礼金等の授受は一切なされていないこと、そして利用者は、利用規程によって定められている利用料金を宿泊日数に応じて前納しなければならないこととされていること、原告は、昭和三六年八月二二日、東京都知事から、旅館業法第三条に基づき、本件建物を営業の施設として簡易宿所営業をなすについての営業許可を受けたこと、本件建物は、共同の浴場、手洗所の設備を有していること、そして、入居者は、本件建物の利用料金を利用日数に応じて支払っていること、本件建物を利用している日雇労働者のうち約二割の者は、慣行として、毎月末日に利用料金を後納してきたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実よりすれば、本件建物の利用は、利用者が東京都からその行政財産である右建物の管理運営を委ねられた原告に対し利用規程に定める利用料金を支払うことを約し、原告が利用者に利用規程に従って本件建物内の一定の室に宿泊させることを約する宿泊契約によるものであって、借家法の適用のある賃貸借契約に基づくものではないと解するのが相当である。

もっとも、≪証拠省略≫によれば、本件建物の利用料金の中には入浴料を含むが、食事料金および部屋内で使用する電気器具の電気料金やガスコンロの使用料金は別であること、本件建物に一旦入居すると退去するまで部屋は変ることなく、各入居者は各室の鍵を有していること、荷役会社の中には、一室全部を借り受けて、一室の宿泊定員数の利用料金を支払って被用者に利用させているものがあること、本件建物の入居期間は一般的に長期にわたり、被告廣瀬は昭和三六年一〇月から、被告伊藤は昭和四二年五月から本件建物に入居していることが認められるが、右事実は前記認定と抵触するものではなく、その他被告らの本件建物の利用関係が前記の宿泊契約によるものである旨の認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そこで請求原因2について判断するに、≪証拠省略≫によれば、本件建物の利用料金は、昭和四一年から一泊金六〇円とされていたが、原告は、昭和四五年ころから人件費の高騰等のため赤字経営となり、昭和四六年には約金四〇一万円の赤字を出したこと、また、原告は、昭和四六年一一月ころ、本件建物の改造工事をなしたが、右工事以前は、各室の両側面にベットを八個設置して定員八名であったところ、右工事によって、ベットを片側だけに四個設置して、畳五畳を設置したこと、したがって、本件建物の定員は、以前は五二六名であったが、二八八名に減少したこと、以上のことから、原告は本件建物の利用料金の値上げの必要を認めて、労働組合代表および荷役業界代表を含む原告の宿舎専門部会ならびに理事会において、昭和四六年暮ころから値上げについて検討し、結局一泊金一三〇円とする値上案を決定したこと、ところで、本件建物の利用料金改訂については、東京都より本件建物使用許可をうける際の条件として、東京都知事の承認を要することとされているので、原告は、昭和四七年二月二二日、東京都に対して、本件建物利用料金を一泊金一三〇円に改訂する旨の宿泊料金変更承認願を提出したこと、そして、そのころ、原告は本件建物利用者に対して、値上げについて説明会を開催し、大部分の入居者の賛同を得たこと、一方、東京都は昭和四七年六月一五日付で、右値上案を承認したこと、そこで原告は、宿泊料金の値上げを昭和四七年七月一日から実施することとしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実ならびに前記一において認定した事実によれば、本件建物利用契約は宿泊契約であるので、その宿泊料金は第一次的には、原告の自由に定めるところによるものであるが、本件建物の目的、即ち、港湾労働者の福利厚生を図る目的に鑑み、その利用料金について、東京都知事の承認を要することとして適正、妥当な金額を保持しようとしたものであると解するのが相当である。したがって、右料金改訂について東京都知事の承認があった場合、これに対して被告らが不服であれば、本件建物を退去する他なく、被告らの同意がない限り、本件建物の利用料金を改訂することができないと解することはできない。なお、前記認定の事実によれば、本件値上額が正当性を欠くことが明白であるとして前記都知事の承認の効力を否定することのできないことは、明らかである。

したがって、本件建物の利用料金は、昭和四七年七月一日以降一泊金一三〇円に改訂されたものというべきである。

三  つぎに、原告が被告笠原を除くその余の被告らに対し昭和四七年八月一九日到達の書面で、被告笠原に対し同年九月一九日到達の書面で、それぞれ、本件建物宿泊契約を取消す旨の意思表示をなしたこと(およびそれに先立ち被告らに対しそれぞれ原告主張の催告がなされたこと)は、全当事者間に争いがない。

そこで右取消の意思表示の効力について判断するに、≪証拠省略≫によれば、本件建物利用規程第一四条には、利用者が利用料を正当な理由なく滞納したときは、原告はその利用を取消すことができる旨規定されていること、被告らは本件建物利用料金の値上げを不服として、昭和四七年七月一日以降の一日金一三〇円の利用料金の支払を承認せず、利用料金は一日金九〇円を相当とする旨主張して、同年八月四日から毎月、一泊金九〇円として計算した一か月分の金員を東京法務局に供託し、原告からの内容証明郵便による支払の催告にも応じないでいることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告らのなしている供託は、本件建物利用料金に充たない金額であるから弁済供託としての効力を有せず、被告らは、正当な理由なく利用料を滞納しているものというべきである。

また、被告らは、被告らが本件建物を退去しても、被告らの再度の利用申込を原告は拒否できないことを主たる理由として、右取消の意思表示は権利の濫用である旨主張するので、この点について判断するに、≪証拠省略≫によれば、利用規程によって、原告が本件建物の利用申込を拒否できる場合は、宿泊室が満員になったとき、伝染病その他、他の利用者に述惑をおよぼすおそれのある疾病患者、酩酊者又は精神に欠陥があると懸念される者、風俗、秩序を乱すおそれのある者に限定されていることが認められるが、被告らが本件建物明渡後、これを再度利用しようとする場合は、改訂後の一泊金一三〇円の利用料金の定めに従わざるをえず、これを認めない利用申込に対しては承認が与えられないことは、さきに認定したところにより明らかであるから、被告らの右主張は理由がなく、他に、前記認定の事実関係のもとにおいて原告のとった利用取消の措置をもって、権利の濫用と目すべき事由は認められない。

したがって、原告と被告笠原を除くその余の被告らとの間の宿泊契約は、昭和四七年八月一九日、原告と被告笠原との間の宿泊契約は同年九月一九日、それぞれ終了したものというべきである。

四  以上によれば、被告らは、本件建物のうち各居室を退去する義務があり、かつ、被告橋本、同荒井、同伊藤、同大部、同廣瀬は、各自昭和四七年七月一日から同年八月一九日まで一日金一三〇円の割合による宿泊料、同月二〇日から右退去済みまで一日金一三〇円の割合による宿泊料相当の損害金を、被告笠原は、同年七月一日から同年九月一九日まで一日金一三〇円の割合による宿泊料、同月二〇日から右退去済みまで一日金一三〇円の割合による宿泊料相当の損害金をそれぞれ原告に対して支払わねばならない。

よって、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用し、なお建物明渡請求についての仮執行宣言の申立は相当でないからこれを許さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫 裁判長裁判官横山長は転補のため、裁判官山崎克之は当裁判所裁判官の職務代行を解かれたため、いずれも署名捺印することができない。裁判官 山本矩夫)

〈以下省略〉

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